梅雨の晴れ間の空、一人眺めていた。
昼間から縁側に座ってぼんやり過ごすなんて自分らしくない。
けれど、たまには悪くないと思った。
今朝は桑名に叩き起されて、きっかり四時から畑当番が始まった。久々に桑名と畑当番に割り当てられて前日からそれなりに覚悟をしていたものの、日の出が早ければ桑名の朝も早いということを失念していたのだ。
『朝の涼しいうちに終わらせるから』
──せいぜい二時間程度で終わると期待した俺が浅はかだった。作業を終えたのは正午過ぎの事だった。
ここしばらく続いた長雨で思うように仕事が出来なかった鬱憤を晴らすかのような、綿密に組まれた農作業の数々。やりたい事をやりきる桑名はいきいきとしていたが、やはり自分に畑仕事は不向きだと実感した。まだ昼間だと言うのにすっかり疲労してしまった。
日が昇るよりも先に叩き起しに来るという容赦のなさを発揮するのは、きっと俺と松井相手の時だけだろう。
湯浴みで泥と汗を洗い流した後、厨から握り飯と冷えた麦茶を貰い、今は誰もいない縁側に座っている。
今日の本丸はやけに静かだ。
あれから桑名は農具と肥料の発注をしに行き、非番の粟田口と琉球の刀が川辺に釣りをしに出かけたと歌仙が言っていた。
「つっかれた……」
畑仕事による疲れもあるが、本調子が出ないのはこのじめじめとした空気のせいだろう。湿気は俺たちにとって大敵と言っても過言ではない。
縁側に仰向けに寝転がると、青空はいつしか厚い雲に覆われていた。目を閉じると次第に眠気が襲ってくる。
人の身を得てしばらく経つが、この眠りに落ちていく感覚だけがどうにも苦手だ。
誰もが眠る時に見るという『夢』というものを見た事がない。
瞳を閉じれば、そこには果ての無い暗闇が広がっている。深い海の底のような無明の暗闇の中で、自分の境界が曖昧になる。そんな感覚が耐えられない。眠りに落ちたまま二度と目覚めることなく、泡沫のように消える己を想像して恐怖心が湧き上がる。
他の刀剣男士の誰もが普通にできる事なのに、眠るのが怖いだなんて──情けない話だ。
『豊前』
遠くからの声が聞こえる。
きっと、どこにも見当たらない俺の所在を探しているのだろう。
俺の名前を呼ぶ時の主の声が好きだ。
在り処を探して、名前を呼んでくれる。
闇の中に一筋の光が差し込むように、曖昧なものから『[#ruby=豊前江_自分#]』という存在の輪郭が描かれていく。
名前を呼ぶなんて、主にとってはなんでもないような事だろう。俺にとっては今自分がここに在ることの証明で、何よりも安心する言葉だ
なんて、きっと『らしくねー』から本人には口が裂けても言えない話だ。
「──あ、豊前。いた」
とうとう居所を見付けられたようで、主の足音が近付いた。
縁側の床板が軋む音が聞こえて、すぐ隣にしゃがみ込む気配を感じる。
「豊前?」
「…………」
寝たフリなんて子供じみた悪戯をしたかったわけじゃないのに、何も言えず黙りを決め込んでしまった何も見えなくても、眠ったままの自分の姿に困惑している主の様子が窺える。
いったいどんな顔をしているのだろう。
少し気の毒になって、何でもない素振りを装って起き上がった。
「……おう、。どーした?」
「豊前こそどうしたの?」
ずっと閉じていた瞼を開くと、眩い景色の中に涼しげな水縹の着物を身に纏う主の姿が鮮明に映し出される。五月雨の言葉を借りるなら、『いい季語』ってやつだと思った。しかし、こちらを見つめる主の表情はいつになく不安そうだ。
「朝から桑名に畑手伝わされたけん、寝とった」
「そうだったの。いつもと違うから具合でも悪いのかと思った」
察しがいいのは『持ち主』だからか、それとも女の勘というものか。誰よりも己の弱い部分を見せたくはない相手なのに、心を見透かされているようで胸が詰まった。取り繕うような俺の言い訳に安堵の表情を浮かべた。
「なあ。名前、呼んで」
「名前?」
突然の要求に首を傾げて不思議そうな顔をしながら、視線を合わせて口を開いた。
「……『豊前江』?」
「うん」
返事をすると、は表情が緩んでくすくすと笑い始めた。
「豊前、もしかして寝惚けてるの?」
「ん。そーかもな」