行方


 その違和感に気付いたのは、気怠さの残る朝方。身仕度中の事だった。今日の午前は珍しく審神者含め全刀剣は休暇となっている。戦装備を取り外したラフな服装で過ごすつもりだったが、重要なパーツが一つだけ見当たらなかった。

「おかしいな……」

 ポケットや布団の裏、文机の下まで隈なく探したもののそれが見つかる気配はない。同室の小竜景光はこちらの様子など御構い無しに布団に包まり寝息を立てている。この部屋にはないとなると何処か別の場所にに紛れてしまったのだろう。


 洗濯場に足を運ぶと、その場にいた二人はこちらを向くなり驚いた顔を見せた。

「一瞬誰かと思っちゃいました。大般若さん、おはようございます」
「おはよう。今日は雰囲気が違うじゃないか」

 休暇にも関わらず洗濯に勤しむ堀川国広と歌仙兼定。二人が揃ってその違和感を指摘した。普段リボンで結われているはずの髪が下されている。ただそれだけなのに、落ち着かないのは自分だけではないらしい。

「リボンを無くしてしまった。ここに紛れ込んでいないかと思って来てみたんだが」

 干し終えたシーツが澄んだ青空の下に並んでいる。
 清々しい光景であったが、二日酔いの残る身体に浴びる日の光は毒に等しい。堀川国広の傍にある空の洗濯籠を見る限りこの場所には無さそうだ。

「昨日の宴会で落としちゃったんじゃないですか?」
「ああ、宴会かあ……」
「重要な任務が片付いたといえ、昨日の宴会は少々羽目を外しすぎではなかったかい。主も巻き込んで……」
「兼さんも長曽祢さんも潰れちゃって、まだ起きてきませんからね」

 いつもより緩やかな朝とはいえ、やけに本丸中が静かなのはそのせいらしい。
 二人の会話を聞いているうちに昨夜の記憶が徐々に蘇ってきた。
 長期間担当していた区域の時間遡行軍が姿を消した。政府の確認作業もクリアし、ようやく一区切りがついたのだ。その日の宴はこれまでになく盛り上がった。大半は夜半過ぎで離脱したものの一部は空が白むまで続いたらしい。


 堀川国広の助言により、昨日宴会が行われていた大広間を訪れるとそこは死屍累々の、戦の跡地と成り果てていた。立ち込める酒気と男臭さ。畳の上には空いた酒瓶が並び、座布団が散乱し、身長百八十超えの巨体がその辺に転がっている。ある意味地獄絵図だ。

「……うぉお……誰だ。新しい刀剣かぁ……?」

 足元から声がする。仰向けに寝ている御手杵が薄眼を開いて、こちらの様子を伺っている。

「大般若だよ。なあ、俺のリボン。知らないかい」
「リボン……? ……知らねえけど……」

 自分が座っていた席の近辺には落ちていない様子だ。と、なるといったいどこに落としてしまったのだろう。

「……困ってしまったな」
「万屋に売ってねえのか」
「だと便利なんだが。あれは大事な一点物でね」
「そうか……それなら……まあ……見つかるだろ……」

 もう殆ど寝言になりつつある根拠のない助言を口にして、再び眼を閉じる。

「……無くしたんじゃなくて……案外大事にしまってたりしてな……」

 そう言い残して、御手杵は再び眠りについた。


 主の部屋と近侍の部屋に繋がる廊下で鉢合わせたのは、近侍の加州清光だった。身支度を済ませて母屋へと向かう途中らしい。

「おはよ、大般若」
「ああ。おはよう」
「昨日はありがとね。主を部屋まで運んでくれて」
「気が付いたら眠たそうにしてたからなぁ」
「主、お酒弱くはなかったはずだけど……主も肩の力が抜けたんじゃないかな。楽しそうだったからさ」

 加州清光と別れた後、「まだ起こさないでよ」と釘を刺されつつも許可を得て主の部屋の戸を開ける。薄暗い部屋の布団に横たわる主はただ安らかな寝息を立てていた。

「ここだったか……」

 探していた薄桃色のリボンはすぐに見つけられた。
 それは、主の左手の指に結ばれている。昨夜ここにを運んだ際の、酔った己の行動によるものだ。
 起こさないようにそっと解くと、指には微かな痕が残っていた。目覚める頃にはきっと消えていることだろう。

2018.----