「あは、主。今年も大収穫だね」
通りすがりの加州清光は私の姿を見てニヤリと微笑んだ。
三月十四日の夜十時半。廊下を歩く私の両手には紙袋が四つ。今日一日に貰った贈り物の数々が収まりきらず、パンパンの袋からはみ出している。
これらは全て、刀剣男士たちによるホワイトデーの贈り物だ。
「みんな気を遣わなくて良いって言ってるのに」
「それは言わない約束だってば。せっかく俺たちが主に贈り物出来る機会なんだから喜んで受け取ってよね。じゃ、これは俺から」
そう言って赤いリボンが添えられた箱を紙袋に入れる。清光は一年目から毎年トレンドの美容グッズを贈ってくれる。いずれも私が気になっていたものを的確に選んでくれるのだ。声に出して『欲しい』なんて言ったことは無いのに、清光のリサーチ力に毎年驚かされている。
「開けてからのお楽しみだよ。ちゃんといいもの選んだ自信あるから」
「いつもありがとう」
「そうだ、主の部屋にも色々届いてたよ。じゃあおやすみ~」
ひらひらと手を振りながら清光と別れて自室に辿り着くと、清光の言う通り部屋の前にはダンボールや包み紙が積まれていた。まるでクリスマスの朝のような光景だ。
こうなったのはまだ本丸が出来て間もない頃。始めは戸惑ってばかりだった刀剣男士との生活にも慣れてきて、日頃の感謝を込めたちょっとした贈り物のつもりでバレンタインデーにチョコを贈ったのが始まりだ。
その後刀剣男士の誰かが調べたのか、ホワイトデーの文化を知ってからは、毎年こうしてお返しが贈られるようになった。誕生日やクリスマスといった行事に催しをしない分、刀剣男士の間では〝審神者を労う贈り物をする日〟として定着してしまったようだ。年々刀剣男士の数は増え、比例して規模も大きくなってしまった。
「野菜の詰め合わせ、桑名ね。この本は……『天下への道』? 稲葉……。パンダのぬいぐるみは笹貫かな」
こちらが贈るのはチョコ一つだというのに、皆にとって毎年の返礼品が負担になっていないだろうか。そう感じて昨年返礼品の廃止を提案したが、満場一致で却下されてしまった。という訳で、今年も皆からの気持ちを有難く頂戴する事にした。
ここで贈り物を一つ一つを確認していたら夜が明けてしまう。そろそろ部屋に入ろうとした時、誰かの気配を感じた。
「こら」
不機嫌な声が降ってきて、背中に温もりを感じる。後ろを振り向くと、ブラウスにサスペンダー姿の松井が立っていた。
「こんな時間にいつまでも廊下に居たら、身体が冷えてしまうよ」
部屋の前の廊下でうろうろしている私を見兼ねて上着を羽織らせてくれたらしい。自分の肩にかけられた上着は松井の匂いと体温が残り、抱き締められた時の感覚に似ていた。
松井は私の両手に持っていた紙袋を抱えると、部屋の中へと運んでくれた。紙袋の他、積み重なっていたダンボールも全て運び終えると、挨拶代わりに頬を撫でられる。
「今夜は冷えるそうだよ。贈り物の確認は明日にして、暖かくしてゆっくりおやすみ」
そう言って立ち去ろうとする松井の袖を掴んで引き留める。すると、驚いたような表情を浮かべてこちらを見下ろした。
「貰ってない」
「え?」
「松井からのお返し」
「…………あぁ」
「……………………なし……?!」
「……」
──去年はお菓子をくれたのに?
否、そもそも松井から確実にお返しを貰えると思っていた自分が浅ましいのか。
……恋人なのに?
昨年の態度とは打って変わって全く興味がないと言いたげな松井の態度と、己の強欲さにショックを受けていると、松井は噴き出ように笑い出した。
「ふ、フフッ……」
「……?」
「けれど、たくさんあるじゃないか。皆からの愛の篭った贈り物が」
そう言って松井は背後にある山のように積まれたお返しの品を一瞥する。
勿論、皆からの気持ちは嬉しいけれど、唯一本命チョコを送った相手にお返しを期待しても罪にはならないだろう。もしかしたら日頃の浪費のしすぎで今年はお預けなのかもしれないけれど。悶々としながら何も言えず複雑な表情を浮かべる私の顔を眺めて、またくすくすと笑った。
「フフッ……冗談だよ。すまないね。ちゃんと用意しているよ、貴女への贈り物」
取ってくるから少し待っていて、と告げられて大人しく部屋の中で待つ。今年はどんな贈り物なのだろう。昨年松井に貰ったお菓子を一緒に食べた記憶が蘇り、部屋に備え付けられたキッチンで湯を沸かし茶器を用意していると、松井は小瓶を抱えて現れた。その中身はまるできらきらと輝く星屑が詰め込まれているようだ。
「赤い、金平糖? 綺麗」
「良かった。いい色が出るまで何度も試したんだ」
「試した……? もしかして、手作りなの?」
「食べてみるかい?」
すぐに返事をすると、松井は私の隣の座布団に座り、蓋を開けて一粒の金平糖を取る。赤い宝石のような星粒を見せつけるようにそのまま自分の口に運んでしまった。
「…………?」
三年以上共に暮らしている松井の奇行は今に始まった事では無い。しかし、目の前で起きた不可解な出来事に、つい怪訝な表情で見つめてしまった。
金平糖を口にしながら『おいで』と目線で訴え、手招きする。誘われるがままに松井の元へ近付くと、肩に手を添えられ唇を重ねられた。
「……?!」
唐突な口付けに強張る身体を逃さないとばかりに、今度は腰に手を回されて松井の膝の上に跨るように座らされる。
完全に逃げ場が失われてしまった。一度唇を離すと、松井はまんまと仕掛けられた罠にかかった獲物を楽しそうに目を細めている。
「……松井……!」
「ほら、ちゃんと味わって」
薄藍の鋭い眼差しに咎められて、何も言えず大人しく彼の端正な顔に近付ける。ねっとりと唇を舐められ、舌先で唇をこじ開けられると、唾液と共に小さな塊を押し込まれる。それはまるで甘い蜜のように、溶けていく度に身体の芯が熱くなる。
「……ん、……~~っ……」
舌を絡ませながら幾度も転がされ、時折牙が舌に当たるとゾクリと身体が震える。
子供の頃に味わった菓子の味とはまるで違う。飴粒程の赤い金平糖が二人の体温で溶けて小さくなってもなお、甘く痺れるような快感を与え続けた。
「ん、……っ、ぁ……」
呼吸が苦しくなって、息継ぎをしては口の中を蹂躙されて、耐えきれず松井のブラウスにしがみついた。
「そう、上手だよ。」
嬉しそうな松井のささやきに頭がふわふわする。やがて金平糖の形が完全に失われても、お互いの境界線が曖昧になる程の甘く深い口付けは続いた。
「……うん。市販のものと同等は行かないけれど、手作りにしては美味しいよね?」
濃厚な接吻が夢だったかのように、何食わぬ様子で味の感想を口にする。そんな彼の膝の上で腰が砕けてしまった私は涙目のまま松井の顔を睨んだ。
「『こんな食べ方なんて聞いてない』って顔をしているね」
「…………っ」
「だって、これは他の刀剣男士には真似出来ないお返しだろう?」
松井は愉しそうに、また一粒口に運んだ。