薄紅の花

は知ってる?──桜の下には……」
「埋まってないよ!」

 話を切り出すや否や、主は顔面を蒼白させながら耳をふさいだ。

「あれ。は、そういう話は苦手?」
「松井が言うと洒落にならない気がするし……」

──桜の下には死体が埋まっている。花の紅は、血の紅だ。……という俗信は、僕にとって非常に興味深い話だった。血を流し、流されるのが僕の業。血に塗れた僕の身体を埋めたとして、その上に血の色をした桜が花開くのも悪くはないかもしれない。そうしたら主は、愛でてくれるだろうか。そんなことを考えながら、咲いたばかりの桜を仰いだ。

「……実際どうなるかは、桑名に解説してもらうとするよ。実験台になってもらっても良いかもしれないね」
「ねえ松井……桑名と喧嘩した?」
「いつも通りだよ。──それで、今年はどこにするか決まった?」

 桑名の話は置いておくとして、本題に入る。今年の花見宴会の場所が決まり、まずは一段落ついた。大所帯になった今、酒や弁当は業者に発注しなければならない程の規模になり、本丸に与えられた遊興費予算ぎりぎりといった所だ。僕個人の意見としては削減しても良いと思うのだけれど、それでもこの本丸の長は、年に一度の花見を大切にしていた。『皆の喜ぶ顔が見たいから』という理由で、自腹を切ってでも開催するつもりだ。この本丸で彼女が慕われる理由が理解できる気がした。

「今日は付き合ってくれてありがとう」

 日が傾き、桜を眺める二人きりの時間が終わろうとしていた。本丸に戻れば主は『みんなのもの』になってしまう。今日の場所選びは僕に与えられた、主を独占できる僅かな時間だった。名残り惜しいと思わずにはいられない。

「どういたしまして。僕は、貴女を独り占めできて嬉しかったよ」

 そう告げると主は目をぱちくりさせて閉口する。染まった頬も、血色の良い唇も、どの花よりも美しい色をしていた。


20200404