一華


『松井なら、花畑に居るよ』

 居場所を教えてくれたのは江の刀達だった。彼らの助言通り、本丸の外れにある鬱蒼とした木々の奥に、濃緑のロングコートを羽織った刀剣男士の姿を見つけることが出来た。
 緑に囲まれた森の中の、その一箇所だけが血に染まった絨毯のような場所。彼の足元に存在していたのは想像していた色とりどりの『花畑』の姿とは程遠い、一面の赤だった。種類を問わず、様々な──否、夥しい程の赤い花弁が晩夏の風に揺れていた。
 本丸の気候は自在に変更可能である。本来咲くべき季節を無視した花々に囲まれて、青みがかった黒髪をさらさらと靡かせる。その男士は花弁に薄藍の爪先を這わせて慈しんでいた。

「──あぁ、政府の」

 摘み取った花々を抱えた松井江は、背を向けたまま低い声で呟いた。

「本日付けでこの本丸に配属となりました。よろしくお願い致します」
「そうか。ご苦労だったね」

 松井江はこの本丸の近侍。百数振り存在する刀剣男士達のトップである。審神者との信頼関係も厚く、長らく近侍の座を他の刀に譲らなかったと聞く。
 確かに、今まで目にしてきたどの松井江よりも落ち着き払っていて、背中越しだと言うのに威圧感を感じる。他の刀剣男士とは一線を画す雰囲気があった。

「早く出陣したいな。もうしばらく戦っていないんだ」

 ふぅ、と溜息混じりに独りごちると、摘み取った虞美人草の花弁を口に運んだ。ゆっくりと味わう様に咀嚼して、ごくりと飲み込んでしまった。
 松井江は血と赤に執着を見せる、少し風変わりな刀だとは理解していたが──花を食べるとまでは聞いていない。松井江の思わぬ行動に動揺を禁じえなかった。

「え、えぇ。私のような力を持たない者にはあなた方を出陣させる権限はなく……」
「いや、君を責めたいわけではないんだ。申し訳ないね」

 柔和な態度で接しながら、またひとつ。
 次は彼岸花を口にした。
 花々に囲まれて花を食するその姿は妖──まるで、吸血鬼のようだ。だが、彼岸花には死に至る毒性が含まれているはずだ。いくら人並み外れた能力を持つ刀剣男士とはいえ、摂取しても平気なのだろうか。
 こちらの動揺を察知したのか、薄藍の視線をちらりと向けると揶揄うようににたりと口角を上げた。

「そんなに変かな? ふふ、そうだろうね」
「いえ。花を食べる人……いえ、刀は初めて見たもので」
「これはね、日課なんだ。この花たちは僕の栄養。心配しなくても、戦闘に支障はないよ」

 こちらの心配を他所に松井江はくすくすと微笑んだ。
 職員が怪訝な表情のままその場を去ると、一人きりになった花畑でその場に屈む。

「……後任の審神者はまだ決まらないみたいだね」

 呼び掛けた声は赤い花が植えられた土の中へと向けられる。
 返事を待てども、木々のざわめき以外何も聞こえない。

「僕は、貴方以外どうだっていいのだけれど」

 愚痴をこぼしながらまたひとつ、真っ赤に色付いた薔薇を手に取る。刺さった棘で指から流れ出た血を舐め取りながら、香しい薔薇のにおいと共に口に運んだ。
 一刻も早く戦場で血を流したいのに、審神者がいなければ刀は戦地に赴く事は出来ない。そんな日々がもどかしい。
 この本丸が審神者を失ってからは政府の職員が仮の主として本丸を管理している状況だ。そう遠くは無い将来。いずれ現れるであろう後任の審神者が決まっても──僕にとっての『主』はこの花の下に眠るだけだ。
 戦いで折れる日が来るまで、彼女の血肉が育んだこの身と、この花たちを絶やす訳にはいかない。
 いつか、貴方と共に土に還るまで。

20230429